今再びの折伏を

私の始めての折伏、昭和56年、入会2年目の学生部時代のことです。
大学キャンパス内には「成田闘争 三里塚闘争」といった立て看が並ぶ
まだ学生運動の余韻が残る、そんな時代です。

当時、同じ大学に通う友人が、ある日私の下宿に訪れ、
「尊敬できるある方の弟子になることになった、君も弟子にならないか」
と見せてくれた名刺には、「会津○○会 ○○組若頭 ○○○○」と。

これはヤバい、ヤクザの世界に入りそうになっている、
壮年部の地区部長に相談をいたしました。
「何で、放っておくのや、すぐに連れてきなさい!
 私も、若いとき悪い仲間に誘われていたことがあって、よく知っているから、話をしてやる」
土建業を営む、地区部長は、その世界のことは良く知っておられました。

そんなことで彼を折伏することに。
地区拠点で、彼に地区部長から、学会のことを話していただきました。
「亡くなった母親が学会の信心をしていた。私もやってみます。・・・
ただ、ひとつ問題があって、今、下宿しているのが、組長の自宅で、
組長の承諾がいる。組長に話しをしてほしい」と。

そんな無茶な、と思いましたが、地区部長は
「よし、私が組長に、話しをしてあげよう」と
組長の自宅を、地区部長夫妻と、訪ねることに。

出てこられた、組長いわく
「ヤクザの世界と、創価学会の、両方選ぶことはできない。
どちらを選ぶか、決めさせるから、待ってくれ」と。

そして、数日、彼は創価学会を選び、組長宅からも離れることに。

結局、親からの仕送りも訳あって途絶え、彼は大学を中退することになり、故郷の岡山に帰ることに。
入会はしていたものの、一時、御本尊は、地区部長が預かっていただいていましたが、
晴れて、実家に無事、御本尊を安置することができました。

翌年、彼から年賀状が届き、
「今、創価学会の女性と付き合っています。結婚を考えています。
これからが、本当の男の勝負ですね」と書かれていました。

ドラマの一場面のような、学生部時代の初めての折伏でした。
どこまでも、一人の生命を守り抜く、学会精神を教えていただきました。


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by shin_f77 | 2013-09-14 09:13 | 学生部時代 | Comments(0)