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6時間対話

前々から約束をしていた同級生と、やっと時間をつくることができ
昼の12時から夕方6時まで、6時間に渡って
近くの珈琲専門店で対話をしてきました。

彼が聞きたかったことは、
「最近、いとこが脳内出血で倒れて、半身不随の状態になってしまった
いとこは若い時に創価学会に入って、一生懸命信心してきた。
家族も信心をしている、幸福になることを祈って、なぜこういうことが起こるのか。
俺は信心をしていないけど、半身不随にもなっていない、
信心をしているけど、半身不随になってしまった、幸せだと思うか」
というものでした。

詳しく、最近のリハビリの状況を聞くと
彼「いとこは中学校の教師をしていて、1日も早く、現場に戻りたいと言っている、
 車椅子の状態だから難しいかもしれないけど」
私「人間、誰もどんな宿命を持っているか、誰もわからない
たとえ一時は、病に倒れることがあっても、半年、1年、2年とかかるかもしれないけど
リハビリをして、現場に復帰したいと努力をする姿、そのものが幸福だと思う。
信心をしていなかったら、自暴自棄になって人生を投げ出していたかもしれない。
障がいを背負ったから、不幸だとは思わない。」

その後、延々と5時間に渡って、コーヒー一杯で対話。
彼「キリスト教の大学に行っていて、どうして、学会の信心をするようになったのか」

私「キリスト教は、観念としてはわかるが、目の前の悩みを解決する力はなかった。
学会には3か月のお試し期間がある、試しに朝晩、友人と法華経を読誦し、題目を
あげてみた、元気が出るようになった、信じることができない人間ばかりの社会の中で
学会の人は唯一信じることができる人達だと思った。
あとで、そうでもない人もいることがわかったけどね」

彼「学会は、死後の世界をどう考えているのか、霊魂とか」
私「霊魂は否定する。いかさまだ。
しかし、生命は永遠だと思う、といっても過去生のことは思い出せない
人間亡くなって、物質的には、水となり、空気となり、塵となり、
宇宙に一旦は溶け込んでも、
また縁あって、どこかに生命を持って生まれてくるのだと思う」

彼「題目をあげるということは、どういう意味があるのか」
私「誰もが仏の生命をもっている、自分のもっている最高の智慧と、元気と、前向きな心と
生命力を引き出す作業ともいえる」
彼「俺は、仏にはなりたくない、たまには悪いこともしたいしね」
私「大聖人の仏法は決して、欲望を否定するものではない、
むしろ煩悩則菩提といって、自分の欲望を、経済の繁栄と平和へとエネルギーへと変えていく考えだ」

彼「病院に入院中のいとこの回復を祈りたい、でも寝ている彼に手を合わせて題目をあげたらおかしいよな」
私「彼に手を合わせるのではなく、横で共に題目をあげたらいい、お守りご本尊をもってきていたら
ご本尊にむかって」

彼「ランナー君の話を聞いて、本当にすっきりした。
学会のやっていることは、宗教というより、むしろ科学だと思った。今日はありがとう」
時間は18時をまわっていた。

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Commented by tomotiyoo at 2014-03-09 08:01
おはようございます
「あとで、そうでもない人もいることがわかったけどね」
思わず、笑ったー
いい対話ができて、よかったですね

Commented by shin_f77 at 2014-03-09 09:58
たまには、本格的な対話をしないと、錆びてきますからね、
釈迦の仏法が、シルクロードを通って、
クマラジュが漢訳して、中国に渡り・・
次は誰だったっけ、そうそう天台だ、
てな場面もありました

次に会うときは、一生に勤行する約束をしたいものですが、
彼には決定的な悩みがないんですね
車はBMWだしね

あとは紹介者の熱意しかない、というところですね
by shin_f77 | 2014-03-08 23:13 | 日常の出来事 | Comments(2)