法華経の智慧講義_永遠に前へ

毎月総県で行っている法華経の智慧講義、第4巻もいよいよ最終章となりました、
印象に残った箇所を紹介します。

 「臨終只今」とは、師匠の臨終が只今と思って、猛然と広宣流布へ戦っていきなさい
 ということです。師匠に見守って戦えるなんて幸せなことです。
 それがわからない 弟子は失格です。
  師匠が生きているうちに、そう気づいて頑張るのが「本心を失っていないこども
 (※良医病子の譬え)」に当たる。
 気づかないのが「毒気深入」で本心を失った子どもです。

  ともあれ、「仏界の生死」にあっては、死は決して恐れるべきものではない。
  今日寝て、明日の朝、起きる。それと同じです。
  死んだと思ったら、すぐに来世なのです。
  しかも自分が生まれたいところに、生まれたい時に、 生まれたい姿で生まれてくる。
  地球とは限らない。
  「もう地球はあきた」という人は、他の星に行って働くのも自由です。

 「死」は休息です。宇宙生命の癒しの海に抱かれて、疲れた生命を充電するのです。
  そしてまた「生」という生命力の爆発へと向かうのです。

  ただ、「仏界の生死」の場合、生命の基底部が慈悲そのものになっている。
  ゆえに、またすぐに人々を救うために生まれてこようとするのです。

  この「須臾の間に」というのは、いわゆる物理的時間ではなく、
  むしろ生命的時間とも考えられる。
  地獄の苦しみは、短い時間も長く感じさせるように、
 仏界の大歓喜は時間を短く感じさせる。

池田先生は現在86歳。師匠がお元気な間に、あと何回、折伏の戦いができることか。
それを考えれば、「臨終只今」の戦いを起こしていかなければと思うところです。
黄金の3年の1年目、5.3も近づいてきた。

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by shin_f77 | 2014-04-13 14:10 | 日常の出来事 | Comments(0)