創価の風


創価学会の一壮年部shinが日々の思いを綴ります
by shin_f77
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退任の決意
at 2016-11-09 20:57
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カテゴリ:学生部時代( 4 )


今再びの折伏を

私の始めての折伏、昭和56年、入会2年目の学生部時代のことです。
大学キャンパス内には「成田闘争 三里塚闘争」といった立て看が並ぶ
まだ学生運動の余韻が残る、そんな時代です。

当時、同じ大学に通う友人が、ある日私の下宿に訪れ、
「尊敬できるある方の弟子になることになった、君も弟子にならないか」
と見せてくれた名刺には、「会津○○会 ○○組若頭 ○○○○」と。

これはヤバい、ヤクザの世界に入りそうになっている、
壮年部の地区部長に相談をいたしました。
「何で、放っておくのや、すぐに連れてきなさい!
 私も、若いとき悪い仲間に誘われていたことがあって、よく知っているから、話をしてやる」
土建業を営む、地区部長は、その世界のことは良く知っておられました。

そんなことで彼を折伏することに。
地区拠点で、彼に地区部長から、学会のことを話していただきました。
「亡くなった母親が学会の信心をしていた。私もやってみます。・・・
ただ、ひとつ問題があって、今、下宿しているのが、組長の自宅で、
組長の承諾がいる。組長に話しをしてほしい」と。

そんな無茶な、と思いましたが、地区部長は
「よし、私が組長に、話しをしてあげよう」と
組長の自宅を、地区部長夫妻と、訪ねることに。

出てこられた、組長いわく
「ヤクザの世界と、創価学会の、両方選ぶことはできない。
どちらを選ぶか、決めさせるから、待ってくれ」と。

そして、数日、彼は創価学会を選び、組長宅からも離れることに。

結局、親からの仕送りも訳あって途絶え、彼は大学を中退することになり、故郷の岡山に帰ることに。
入会はしていたものの、一時、御本尊は、地区部長が預かっていただいていましたが、
晴れて、実家に無事、御本尊を安置することができました。

翌年、彼から年賀状が届き、
「今、創価学会の女性と付き合っています。結婚を考えています。
これからが、本当の男の勝負ですね」と書かれていました。

ドラマの一場面のような、学生部時代の初めての折伏でした。
どこまでも、一人の生命を守り抜く、学会精神を教えていただきました。


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by shin_f77 | 2013-09-14 09:13 | 学生部時代 | Comments(0)

入信前夜


この場をお借りして、入会前後のことを体験発表させていただきます。

私は、入信前、中学から高校まで、今でいう引きこもりのような生活を6年間送っていまして、その間唯一打ち込んだのが、ロック・ギターであり、バンド活動でした。
その道に進みたいと、当時ライブハウスなど日本のロックシーンの西の中心である
京都で学生生活を送りたいと思い、同志社大学への進学を目指し、それなりに受験勉強、無事合格しました。

しかし、入学後、晴れて軽音楽系のサークルに入部しましたが、日本全国から
集まってきた強者に中で、自分の才能の無さに気がつき、人生の目標を喪失。
そこで、このままではいけない、自分を変えなくてはと、古今東西の哲学書を
読みあさりました。
クリスチャン系の大学でしたが、キリスト教には興味はなく、
大学の隣にあった相国寺の学生坐禅会とかに体験参加したりしていた頃でした。

ある夜、同級生N君が下宿にやってきて、
「朝晩の勤行とお題目を毎日45分、3か月あげて、祈っていけば、必ず人間が変わる!いっしょにやってみいへんか。」と。
「創価学会?南無妙法蓮華経?そういえば、今月号のミュージックライフ(音楽専門紙)のインタビュー記事で、ハービーハンコックが、『私の音楽の背景には東洋の仏法がある。創価学会に入信をして題目を1時間あげるようになってから、私の音楽に革命が起こったんだ。・・・』と言ってたな、やってみるか」と思い、
N君の熱い言葉と、ハービーハンコックさんの確信あるインタビュー記事を受け、その3日後から彼と朝晩の“お試し勤行”をすることに。

併せて、N君から教わったのはバイクの運転だったんです。
中古の50ccのバイクを5万円で買って、行動半径は広がり、
後に、学内折伏闘争で、京都市内を折伏に駆け回るようになりました。

この“お試し勤行”をするようになったのは、昭和54年11月、
池田先生が会長を勇退された半年後、
週刊誌には山友や原島の手記が載り、第一次宗門問題の真っ只中でした。

そんな中、“お試し勤行”を毎日、朝晩、彼とするようになって、
特別なことがあった訳ではありませんが、
人生というのは明るいものなんだ、ということに気がつき、
それまでのトンネルの中のような人生を脱して、
そして、晴れて3か月後、自分の御本尊を受け、下宿に御安置しました。

入会当時、私は昼でも夜でもRAY‐BANのサングラスをしていて
入会カードの写真はサングラス姿、今でも私の統監カードはその写真のままです。
当時の地区部長が「信心しっかりやれば、まず如是相が変わるよ!」とおっしゃっていました
入会後、少しして、心境の変化からサングラスはやめました。
私にとっての人間革命の第1歩でした。

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by shin_f77 | 2012-09-29 23:16 | 学生部時代 | Comments(0)

無理な折伏でトモダチを無くしていませんか

10年来、音信普通だった大学時代の同級生にやっと連絡がとれました。
仏法対話をし、選挙のときはお願いしたりしていましたが、
ある日から、突然、電話をしても出ない、年賀状送っても返ってこなくなりました。
今を思えば、こういうのを、「押し込んで折伏してトモダチを無くす」というのだと思います。

そんな彼に、10年ぶりに電話をしたら、つながり、京都マラソンの前日に晩飯を食べに行くことになりました。今回は、友好対話に花を咲かせてきたいと思います。

ある幹部の方の指導に、こういう指導があります。

「今悩みがない人、悩みがあっても、悩んでいない人を折伏すると嫌われる。
結構そういう人を押し込んで折伏して嫌われていませんか?
友達を無くしていませんか?

健康な人に薬を飲めといっても嫌われる。
『いい薬があるから、病気になったら飲みなさい。』と教えておくのは構わない。
そこで止めておけばよい。そこを押し込んでいる。

悩んでいる人、不幸な人がいたら救ってあげること。
それは相手を救ってあげるためであり、成果のためではない。

折伏は簡単。
ただ1つコツは『不幸な人を救わせて下さい』と祈ること。
いなくても祈ればチャンスはくる。」

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by shin_f77 | 2012-02-15 21:37 | 学生部時代 | Comments(0)

佐藤優氏と同じキャンパスを過ごした学生時代

潮10月号より連載されている、「激動の世界と日本~池田・トインビー対談から現代を読み解く~」の執筆者佐藤優氏について、どこかで見たようなと、前から気になっていました。

というのが、佐藤氏のプロフィールに1983年同志社大学神学部卒業(修士課程進学)とあったので、同じ時代を、あのキャンパスで過ごした人なんや(私は法学部卒業)と思い、卒業アルバムを久しぶりに開けてみたら、若き日の初々しい佐藤優氏に出会うことができました。

外務省時代、彼は、“鈴木宗男事件”に巻き込まれて失職してしまいますが、
優れた外交官でもあって、駐ロシア日本大使館時代には、あの歴史的な対談、1990年モスクワで行われた池田・ゴルバチョフ対談の目撃者ともなっています。

彼は、19歳でキリスト教プロテスタントの洗礼を受けていますが、私は同じ頃、同じ学内の友人の折伏により、20歳で創価学会に入信しました。
1980年頃の大学のキャンパスは、大白蓮華1月号の特集ページ「世雄たれ大学会」にも記されているように、大学紛争の余韻がまだ残っており、キャンパスには“学長団交”と書かれた看板があったり、赤ヘル(革マル派)と白ヘル(中革派)が内ゲバをしていたりと、物騒な雰囲気がありました。
そんな中、創価学会学生部も、キャンパス内で対話闘争を繰り広げていました。

そんなことを思い出しながら、現役の学生部、
冬休みで帰省をしていた地区内の未活動、未勤行の学生部に
若き日の学生部のことを話しましたが、なかなか話がかみ合いません。

下宿に戻る彼に、“祈る”ことの意味、について考えてもらおうと
脳科学者中野信子さんの「脳科学からみた祈り」という本を渡しておきました。
発心できたら、いいんですけどね。

下の写真は1983年の卒業アルバムのひとこまです。
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by shin_f77 | 2012-01-08 18:17 | 学生部時代 | Comments(0)