創価の風


創価学会の一壮年部shinが日々の思いを綴ります
by shin_f77
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今こそ発迹顕本のとき

今の創価学会にとって、避けて通れないのが、集団的自衛権。
個別的自衛権と集団的自衛権、どう違うのか、などなど・・・

ということで、本日は4者で学習会を開催しました。
山口代表のお話のDVDのあと、幹部の方より、公明新聞などをとおして
次のようなお話がありました。

今回の「閣議決定」に対し、新聞によって、全く評価が分かれる。
朝日、毎日、共同は批判的なのに対し、日経、読売は高評価、
産経は、逆に歯止めが厳しすぎる、と。

今回、公明党は早々と連立からは離脱しない、と宣言した。
これに対して、
「自民党に三くだり半を突き付けて、連立を解消すべきだったのでは」とか
「自民党に足元を見られて、ずるずると妥協案を飲まされただけだ」とか
公明党支持者の中にも、このように言う人がいるかもしれない。

しかし、実体は、全然違うんだ。
佐藤優氏の論説によれば、

今回の閣議決定の結果は「公明党の圧勝」と言ってよい。
その内容は「個別的自衛権」の枠を超えることが一切ないという枠組みを
 安倍首相の「集団的自衛権という言葉を入れたい」というメンツを維持しながら
 実現したわけで、
 むしろ集団的自衛権の行使を熱望していた人たちの野望を、
 今回の閣議決定で抑え込んだ形になっている。

自衛隊発動の新三要件のうち1項目を
①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または
  「我が国と密接な関係にある他国」 
に対する武力攻撃が発生し、
これにより我が国の存立が脅かされ、
国民の生命、自由、幸福追求の権利が
根底から覆される「明白な危険」があること
として

実質的に、日本国内でアメリカ軍が他国から攻められるようなことが発生した場合
に限定し、これまでの枠組みを超えていないこと

「おそれ」といった拡大解釈されうる表現ではなしに、
「明白な危険」と厳しいしばりをかけたこと、 などなど


これから、夏季友好期間に入りますが、
今、友人たちは、公明党は「平和の党」の看板を下ろしたのか!と
罵詈雑言を言おうと待っている。

今年「世界広布新時代開幕の年」は、黄金の3年とよばれ、
学会にあっても、一人ひとりの学会員にあっても
「発迹顕本の年」です。

大聖人が発迹顕本したときと云えば、
竜の口の法難に遭い、佐渡流罪となり、
大難に、大難に遭う中で、発迹顕本をされている。

何の難もなく発迹顕本するということはありえない、
この夏、家庭訪問しながら、また、友人に友好対話に行って
罵詈雑言で、めちゃくちゃに言われて、「発迹顕本」の戦いをしよう

これで、我が家の借金の苦労、病気の苦労も、全部返上だ、
と喜んで対話の波を起こしていこう

特に壮年部は、
「いざとなったら立ち上がるのが壮年部だ!」
と、これまで題目もあげない、折伏の戦いもしない支部長、地区部長もいたかも
しれない、
その「いざ」というときが今なんだ

行解既に勤めぬれば、三障四魔紛然として競い起こる
とあるが、今回の集団的自衛権のように、魔は紛らわしい姿でやってくる
「公明党も自民党に飲まれちゃって、これからもう支援するのは、やめとこう」
というのは魔にやられた姿

信心して、34年になりますが、まだまだ人間革命しきれていない、
我が家の宿命転換も、まだまだできていない
この夏、我が発迹顕本の戦いを起こしていきたい。


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by shin_f77 | 2014-07-21 17:52 | 青年学会 | Comments(4)

創価青年大会_宮本輝

先日開催された兵庫青年部_創価青年大会、
わが地区からは華陽リーダーのDさんが参加。
現在、女子学生部ですが、同級生の中でトップで
就職の内定を勝ち取り、青年大会に参加しました。

先日の座談会で、Dさんより当日の報告がありました。
当日、芥川賞作家の宮本輝氏が、登壇され、自らの信仰体験を話された
そうです。
若い時は、パニック症候群に悩まされ、その中、仏法と出会い
祈る中で、芥川賞受賞を勝ち取られたそうです。

宮本輝の作品の中で、私の印象に残っているのが
「命の器」というショートショート、以下抜粋します。

運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながっていく。 
やくざのもとにはやくざが集まり、
へんくつな人はへんくつな人と親しんでいく。
心根の清らかな人は心根の清らかな人と、
山師は山師と出会い、そしてつながり合っていく。
じつに不思議なことだと思う。
”類は類を呼ぶ”ということわざが含んでいるものより
もっと奥深い法則が、人と人の出会いをつくりだしているとしか思えない。

どうしてあんな品の悪い、いやらしい男のもとに、あんな人の良さそうな
美しい女が嫁いだのだろうと、首をかしげたくなるような夫婦がいる。
しかし、そんなカップルをじっくり観察していると
やがて、ああ、なるほどと気がつくときがくる。
彼と彼女は、目に見えぬその人間としての基底部に、
同じものを有しているのである。
それは、性癖であったり、仏教的な言葉を使えば、
宿命とか宿業であったりする。

それは事業家にもいえる。
伸びていく人は、どんなに仲がよくとも
知らず知らずのうちに落ちていく人と疎遠になり、
自分と同じ伸びていく人とまじわっていく。
不思議としかいいようがない。
企んでそうなるのではなく、知らぬ間にそうなってしまうのである。

抗っても、抗っても、自分という人間の核をなすものを共有している人間
としか結びついていかない。
その恐ろしさ、その不思議さ、私は最近、やっとこの人間世界に存在する
数ある法則の中のひとつに気がついた。

「出会い」とは決して偶然ではないのだ。
でなければどうして「出会い」がひとりの人間の転機と成り得よう。
私の言うことが嘘だと思う人は、徹底的に分析してみるといい。
「出会い」が断じて偶然でなかったことに気がつくだろう。


宮本輝氏の云われている「命の器」とは、言い換えれば「生命の基底部」であり、
「境涯」ということだと思う。
この「生命の基底部」を仏界へ、仏界へと引き上げていく作業が、
唱題であり、折伏。

「出会い」は決して偶然ではなく、必然。
我が眷属たちと出会い、語り、ともに祈っていきたい。

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by shin_f77 | 2014-07-17 00:30 | 青年学会 | Comments(3)