高校生に聞いてみました_私は価値のある人間?

先日、ある精神科医の先生を講師に招いての講演会があり、参加してきました。
その中で、最近の日本、アメリカ、中国、韓国の高校生の「心と身体の健康」
についてとったアンケート結果を引用しての場面があり、

自分自身をどう思うか、という問いに対し
「私は価値のある人間だと思う」と回答したのは
日本 36.1%
アメリカ 89.1%
中国 87.7%
韓国 75.1%

″自分を価値のある存在だと思えない“高校生が6割を超えるというのが
今の日本の現状で、
それに比べ、中国、韓国の高校生の自己肯定感の高さ、
日本の将来は危ういと感じました。

精神科医で学会ドクター部の於保哲外氏は
ドクター部白樺会の合同部員会での講演で、次のように語っています。

今の自分に点数をつけるとすると、100点満点で何点くらいつけられるでしょうか。ちょっと考えてみてください。(中略)

それでは、100点と思う方。お二人。ありがとうございます。
このお二人以外は全員信心をしていないことになるのはおわかりですか。
大聖人の仏法というのは先ほど図々しく、図太く、たくましくとありましたが、
自分を100点満点と見る宗教なんですね。

信心。信じる心と書きます。何を信じるか。御本尊ですね。また、法華経でしょう。
では、法華経を信じるというのはどういうことなのかと考えてみると、
自分自身が妙法の当体であると信じることですね。

頭は妙、喉は法、胸は蓮、腹は華、足は経。自分のこの生命が南無妙法蓮華経なんだと、妙法の当体なんだと信じることが信心だと教学で学びましたね?
とすると、自分自身を60点ということは、南無妙法蓮華経を60点とつけることになってしまいます。(中略)

自分自身に「自信と誇り」を持つ生き方が一流。すなわち、「自分が偉大な仏なんだ」と「100点満点なんだ」と見ることは、一見、慢心に見えるけれども、実は、それは一流の生き方なんです。
だけど、これは慢心に似ているから、これを「法華の慢」という。「法華の慢」は正しい。根本が、慢心と正反対ですから正しいんです。
 池田先生が、「皆さんが仏です。騙されてはいけませんよ。」と何回もおっしゃいました。
だけど師匠の言っていることを信じない人が多い。
「本当は違うんだけど、先生は我々を激励するために『皆さんは仏だ』と言っている」と受け取る。師匠の言うことをたとえ激励と言いながらも、本当は信じない。
これこそ傲慢ではないでしょうか。

 一見、慢心に見えるんです。また、ずうずうしい、図太いというのは人から嫌われるように思うんです。だけど、これで行くと不思議に開けてくる。そういういろんな例を見るにつけ実感するんです。
 今、多くの真面目な方が行き詰まっていらっしゃる。その根っこに実は「念仏思想」、「村の文化」があるんです。これからの日本は、この「村の文化」では世界から相手にされなくなってくる。自立的な「海の文化」としての法華思想を、いよいよ世界に宣揚をしていく時代が来た。
(以上、ドクター部の於保哲外氏のドクター部白樺会部員会での講演より)

長い引用となりましたが、今、国会でも18歳参政権が本格的に議論されており、今の高校生の意識の現状をふまえると、大聖人の仏法を保つ、我々の使命を大きい。

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by shin_f77 | 2014-11-30 18:25 | 未来部育成 | Comments(0)